杏仁豆腐うまいですよね!
地球の人口の9割の人は杏仁豆腐が好きとかいうデータがあります。
※manabu-fitness調べ
でも杏仁豆腐の【杏仁】って一体何なんだ?
いままでなにも考えず、「杏仁豆腐うまいうまい!」とか言ってたけど、杏仁のこと何も知らねー!
杏仁はなにも知らない僕のことをどう思うだろうか?
そんなことを思ってしまったので調べてみました。
Contents
杏仁豆腐の杏仁って何?
ずばり答えから言ってしまうと
杏仁とはあんずの種の中にある白いやつです。
あんず・・・
聞いたことあるけど、どんなんやつだ?
はい、こんなんやつです!!
なんかびわっぽいですね!
英名では「アプリコット」です。
種の中の白いやつの事を杏仁というらしいです。
へえー!!そうなんだ!!って感じですよね。
そして、杏仁にも2種類あるとのこと。
その2種類が
- 苦杏仁(くきょうにん)
- 甜杏仁(てんきょうにん)
苦杏仁(くきょうにん)はその名の通り、苦みがあるらしく漢方に用いられるとのこと。
甜杏仁は甘みがありこちらが、我らが杏仁豆腐に用いられていると。
ちなみに、漢方としては鎮咳薬、咳止めに使われてるとのことでした。
甜杏仁を砕き、細かくして粉末にしてそこにゼラチンやら甘味料やらミルクやらをまぜてできたのが我らが杏仁豆腐です。
杏仁豆腐の歴史
杏仁豆腐の材料についてはわかった!
そんなんやってたら、杏仁豆腐が歩んできた道について知りたくなった。
杏仁豆腐の歴について調べてみるとするか。
杏仁豆腐の歴史を遡ると、中国の三国時代までさかのぼるとのこと。
めちゃくちゃ昔じゃないですか?
220年~280年らしいですが、20世紀後半に生まれた僕たちにはさっぱりわからない時代です。
その時代にいた医師に「董奉(とうほう)」という人物がいました。
この時代には「華陀」・「張仲景」という医師もおり、この3人は当時の医師会のビッグ3であったと。
現在の日本で言うお笑い界の「タモリさん」「明石家さんま」「ビートたけし」ですね。
で、この董奉が多くの病人を治療しましたが治療費は一切受け取らず、そのかわりに病気が治ったら杏子の木を植えて下さいと言ったそうです。
やってることがイケメンすぎる。
そして、その治療していた地域一帯が杏の林になり、気づいたら杏の木が何十万本にもなっていたとのことです。
そのあとも色々あり・・・
この杏林の杏種から生み出されたのが「我らが杏仁豆腐」の始まりらしいです。
そしてそのあとも杏仁豆腐は出世街道をまっしぐらし、大清帝国時代には宮廷料理の最高峰である「満漢全席」のデザートまでのし上がります。
サイヤ人のエリートがベジータならば、デザート界のエリートは杏仁豆腐だということです。
杏仁豆腐の日本進出
日本に杏仁の名前が出だしたのは、室町時代とのことです。
室町時代といえば学校で習った、「杏仁の乱」がありますね。
訂正です。応仁の乱です。
日本で杏仁豆腐が認知されだしたのは、1900年代前半あたりで1970年代には新聞で杏仁豆腐の作り方が紹介されていたとのことです。
日本でみるようになったのは比較的最近だということがわかります。
結論
杏仁がなにかについて興味本位で調べてみましたが、調べることでもっと杏仁豆腐を好きになりました。
とろっとして甘い感じがたまらないですよね。
やはり人口の9割9分は杏仁豆腐が好きなんじゃないかと思います。
※manbu-fitness調べ。
杏仁豆腐は世界共通でうまい!かも
以上manabu-fitnessでした。